*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

2月26日 KANSAI COLLECTION!

En Vie の撮影に行ってきました!
(2月号も少しだけお手伝いさせて頂いてます

KANSAI COLLECTION!の写真は En Vie 4月号。3月末発行の掲載にて!
お楽しみにまたブログにてお知らせいたします。

04.jpg En Vie 撮影Team

日本人、ドイツ、台湾、などなど。。。国際Teamです。
みんな育ちや習慣、キャリアは違うけれど、目的は、一つ!
『4月号の誌面をステキに飾ること。』

とてもステキな空気で。。。居心地がよかったなぁ。。。。

このブログの記念写真は、知り合った報道カメラマンさんに撮影してもらいました。
報道カメラマンさんは撮影中に隣にいた方で、そしてその隣のカメラマンさんにも助けて頂いたり、
先輩カメラマンさんの寛大さに、すっかりと甘える K i i T
時には前のプレス席でカメラ前に立つ無神経な観客に「座れ!!」「おい!!ドケ!!」と豹変?
声を張り上げる先輩カメラマンの姿にびびりつつ。
名刺をいただき、またどこかでお会いできることを楽しみに!ステキなご縁に心より感謝!

そして、撮影中、ステージはもちろん最高で!!
同じランウェイを歩くのに、光っている人がいる。何が違うんだろうか・・。分析しつつ


KiiTの撮影ポジションから、En Vie Teamみんなが見える。

カメラを持ってステージ周りにいる人、ムービーを回している人、カッコイイからか逆にインタビューを受けてる人、
あっちこっちと遊軍として見てまわり、カメラマンの配置を指示し、みんなに紙コップで水をくばるドイツ人の編集長。
上から見ていて、レンズを向けたくなるなるほど、楽しい。
カメラマン兼、モデルもしてる人がいるから、そりゃ撮影してる姿が絵になってるはずだぁ。
そんなこんなで、目的達成

En Vie 4月号を是非お見逃し無く

スナップ撮影も、おかげさまで、たくさんの方々に、ご協力いただき、撮影することができました。お礼申し上げます。すべての方が、掲載されるわけでありませんが、楽しみにしていてください。


「何語を話していたかって?」  「ふッふッふッ」
「そりゃーもっちろん・・・。」

スタイリストさんや、スタッフ、クライアントさんも、
みーんな英語が堪能で、普通に会話できる方ばかりの中で、
めずらしく、メールは、ローマ字で頂くほど、K i i T は英語が話せない・・・。。



そろそろ、本腰いれて覚えなきゃ 


KiiT WEB



今年もこの季節がやってまいりました。

『保久良梅林で青空カフェ OPEN です!』

開催日、3月4日(日)と3月10日(土)10:00~15:00 

「つながり食堂」にご協力ご登場してくださった snatchさんから、ご案内を頂きました。



去年の様子はこちら! NO.4「青空カフェ」山のバリスタSnatchさん。

抹茶ラテ、ほんまにおいしかったなぁ・・・。

去年は小さなお子さんがいたり、山ガールさんがいたり、みんなから笑顔がこぼれる。
こちらまで、楽しい時間を過ごさせていただきました。

10日は神戸で撮影ですが、間に合いそうになくて。。。。。。残念。

snatchさん発信のステキなコミュニティー! 
すっごく、おいしくて、こだわりのカフェが味わえる。 

贅沢な時間を過ごせること間違いなし。 超おすすめです。


━┛━┛
*^ニ^* v
K i i T

KiiT WEB





40.jpg    『一朝一夕・・・。』


KiiT WEB



2月26日 KANSAI COLLECTION!
En Vie の撮影で、本番のショーと、会場に来られたオシャレサンを激写!担当させていただいております。

会場前での、オシャレさん!En Vie にスナップショット掲載されたいかたは
撮影クルーをみかけたら大声で「K i i Tさーん」とかけてくださいね。

11時すぎになるか12時ぐらいからか、始める予定です。
カワイクとりますよー☆

きっと、こぎたないカメラマンしてます。
紺色の服を着てます。


━┛━┛
*^ニ^* v
K i i T

KiiT WEB



写真では受信した想いを目に見える形(写真)にして発信します。
今回は写真でないのですが、講師の大石さんから発信された想いを、受信し、
「それを発信しなきゃ・・・。」という気持ちに駆られブログに書かせていただきました。

いつもと違って、まじめなお話です。

「第一回タウンミーティング」(希望とは自分が変わること)
ハーモニーフィールズ社長小巖さん企画の集い。

参加者は、音楽関係者、アーティスト、町づくりをされている行政の方、デザイナー、イベンター、制作会社、
私カメラマンなどなど、ユニークな面々。約40名

第一回、講師は、大石時雄さん。
いわき芸術文化交流館 アリオス支配人)

【大石時雄さん プロフィール】
 1959年生まれ。大阪芸術大学舞台芸術学科演技・演出専攻卒業。
 広告代理店を退職後、伊丹市立演劇ホール(兵庫県)の設立に参加。
 パナソニック・グローブ座(現・東京グローブ座)の制作担当を
 経て、世田谷パブリックシアター(東京都)、可児市文化創造センター(岐阜県)、
 いわき芸術文化交流館(福島県)の設立に参加。副館長兼支配人に就任。

開催場所 絹延橋うどん研究所
開演までと休憩時にうどんを食す。
大きなたらいには、温と冷やのうどん。ネギ、生姜、ゴマ、ワザビを好みでトッピング。

第一回のテーマは、講師大石さんの在住するいわき市を中心に、
東日本大震災、原発、そして、私たちがいる地球のこと、未来に築くことなど

開演
2011年3月11日、公式記録によると時刻は午後2時46分。宮城県震度7、マグネチュード8.8
のちに9.0に訂正。東日本大震災と銘々。その津波は大きな被害におよびました。

いわき市から午後に仙台市にはいり、会議途中で地震に遭遇。
「天上からはボルトが落ち、そのあと照明などが崩れ落ちてきた。悲惨な状況。8日間の避難所生活。
なんとか、仕事の都合で上越新幹線で東京にはいり9日ぶりに、シャワーを浴びた時、生きた心地がした。」と講師の大石さん。
いわき市に在住し、実際に見たこと、聞いたこと、肌で感じた事をもとに、大石さん見識を、丁寧に、一言一言みなさんの心の中へ浸透するかのように話されていたのが印象的でした。
体験した情景を想像するだけでも、感極まり、声を震わせてしまう心境かと思いますが
二時間最後まで冷静に、取り乱すことなく、お話してくださいました。

福島県の海岸沿いの地域を1962年に新産業都市として指定され、
インフラ整備をスムーズに法案を通すためには、トップダウンで進めなきゃいけない、その為に地域合併が行われ、5市4町5村を一つにし、1966年10月1日「いわき市」が誕生した。

地方を効率よく、支配するためには、地方行政を財政というものでコントロールし命令する。
いわき市の誕生も国が指導し合併したものだ。

狙いは、いわきに市に石油精製、銅、亜鉛、非鉄金属、などの産業を育てていき
環境汚染を伴う。迷惑私設というものを、首都圏から地方(いわき)に移す必要があったということだそうです。

炭鉱や工場によって、水俣病などの公害もありましたが、炭鉱が閉山し失業した方にとっては、工場があり、雇用を確保できる事は歓迎され、そのおかげもあり、福島県最大の港いわき市にある小名浜港は、工業製品などの物流拠点、積み出し港として、栄えることになる。

漁業においても、水揚量は高く、全国屈指の港となり、炭鉱が閉山したあとの、いわき市の財政を潤した。

そうして、炭鉱の町から工場の町へと変換してゆくことに。

炭鉱の町として、国のエネルギー政策により栄えた町は、必然のように「新産業都市」国の政策を受け入れてきた。
そして、原子力発電所だけは誘致する必要がなかったのである。

福島県には太平洋に面した南北138kmにわたり海岸があり、沿岸の地域を通称、浜通りという。
同じ浜通りでも、北の方半分が、原発の立地地域にあたる。
漁業以外の産業は難しい地域ということもあり、いわき市が誕生する6年前の1960年ぐらいから原子力発電の誘致活動を福島県の浜どおり北の方は積極的に行い。多額の原発マネーが流れ発展した。

その値域が福島県、双葉郡八町村と新聞で書く。
浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、葛尾村、川内村
(なみえまち、ふたばまち、おおくままち、とみおかまち、ならはまち、ひろのまち、かつらおむら、かわうちむら)をさします。

東京電力、福島、第一、第二原発が立地しているところは、大熊町と双葉町にまたがるところにあり、この地域が警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域に指定されている。

この地域の人達が、福島県内、県外、もしくは全国にまたがって、避難生活を今も強いられている。

戦後の日本、高度成長の時代、福島県の南の方、いわき市は工場を誘致し。北の方は原子力発電所を誘致するということで未来をかけたのだ。

その結果が不幸にして、現在の福島の悲劇を生んだということになった。

そして、原発問題。
終わりなき人体汚染。今も蓄積されつづけている被曝について

とてもショッキングな話ですが、いわき市の中学生や高校生、子供らがどういう会話をしていると思いますか?且つ、小さな女の子をもっていらっしゃるお母さま達がどういうお話をしているか?
「いわきにいる女の子は、将来同じ福島県の男性としか結婚できないのではないか?」と
つまり、福島県以外の男性と、恋愛して、結婚した場合、二人の間に生まれてきた子供に健康的、身体的な問題が、生じたならば、旦那さんの親御さんご親戚の方々は、たぶん
「福島の人を嫁にもらうからだよ」というような陰口を言われてしまうだろうと。
悲壮感をもって言っているわけでないのですが、たいがいの方が思ってらっしゃいます。
そういうことも覚悟して残ってらっしゃいます。

かつて、原爆がおちた広島や長崎がそうであったように、福島で生まれて育ってゆく子供達は
今後、同じ日本人から好奇なまなざしで見られながら、いきてゆくのではないかと、
感じているということです。

そうした差別から、守りたいと、守るだけでなくて、その子供達がしっかりと顔をあげ堂々と生きてゆけるように、今の大人達が、支えてゆくこと、それが福島で暮らす大人である、人間の責務でないかと。

そして、子供達の健康が何よりも心配だ。
放射能による健康被害、子供達にどういう影響を及ぼしてゆくのかという事は、だれにも判りません。

現在、子供達は、配付された線量計を首からさげたり、バックに持ち身につけている。
今も、ずーっと被曝し続けているわけですから、被曝量を計ったところで、血圧じゃないですから上がいくつ、下がいくつ、薬でどうこうできるものでない。なんとかシーベルトと言われても、わからない。放射線の原因で白血病になる、だとかならないだとか、現在は医学的に証明できないのだから。

新聞、行政、国、テレビなどでは、いろんな人たちがいいます。
「安心です。安全です。」ですが、本当にダメな数字なのか、大丈夫な数字なのかは、わからない。
事実なのは、今もずーっと被曝しつづけているということ。

大人は、福島から避難又は残ることも、選択できるのですが、3才以下の子供は「ママのこる」「ママにげよう」とか、いえないんです。大人は選択した結果を人生の中で甘んじればいいことですが
子達を被爆させてまま、たとえば16才になり、白血病になった時、もし違う理由であったとしても「ままどうして、私をつれて逃げてくれなかったの?」と、いわれたら、お母さん悲劇です。
いわき市や、福島に残っている小さなお子様をもってる親御さん達は、そういう暗い不安も抱えながら日々過ごしていらっしゃいます。

津波被害の膨大だった宮城県や岩手県では、多くの人達がお亡くなりになり、行方不明だったり、町ごと無くなっているところはたくさんあるけれども、日本の税金、巨額な復興資金が投入され、人、ボランティアなど支援があり、宮城や岩手は確実に行政用語的でいうと、復興や復旧といった方向へ向かっているように思う。悲惨な事はたくさん残っているけれど、なんとか生きている人の力で、立ち上がってゆくんじゃないかと思います。けれど、放射能で多大に汚染されている福島だけは20年たっても復旧すらしないんじゃないかと
どちらかというと。ひたすら沈んでゆく。地元の方々もある程度覚悟はしているような気がします。

新聞とかテレビのニュースでの論調から言えば「税金をたくさん何千億、何百億投入し除染する。」そのことによって避難している方々が戻れるふるさと。というところをたくさんつくるみたいな方向になってますが、そのニュースだけ見てると、もとどおりに復活するかのように思ってしまいますが、騙されてはいけません!
実は福島市であろうが、郡山市であろうが大熊町であろううが、飯舘村だろうがいわき市であろうが、すでに行政の方達はあらゆる手段で、家、建物、道路、いろんなものを除染してます。そして、そんな事をやっても低くなるところと、ならないところがある。
地元住人や、福島県の大半の行政(行政といっても県でなく)の方達は、除染してもダメだと理解している。

今、田んぼとか道路とか除染したところで、冬がおわり雪解けになったら放射線が流れてくるわけで、そんな事に国民の税金を使うのはやめましょう。と、みんな話してる。

いわき市の、中山間地域では、小学生のプールは壊れたまま、そのままにしている。
なぜなら、除染作業をし、高圧水で流したとしても、その水は結局田んぼにゆくか、下水に入り、下水から上水所にゆき、水道局を通って自宅の蛇口から出るんだから。除染作業をしても結局自分のもとへ放射線は戻ってくるから、そのままにしてゆくしかないんだと。こういう状態は至る所にある。

福島市出身で、現在あぶくま山中でくらしてる、作家の鐸木能光(たくきよしみつ)さんが出されている「はだかのふくしま」という本があるのですが、その中には、
「お宅の村は物凄く高い濃度で汚染されています。言わなくてごめんなさいね。でも、もうさんざん被曝してしまいましたよね、今更騒いでも遅いので後は自分達で決めてください。移転したほうがいいんじゃないかと思いますけどね、とくに若い人は、でもどうしても残ると言う人はとめません。どっちにしてもめいいっぱいの援助はさせていただきます。」と、くまなく現地を調査した鐸木能光さんはいっている。そのくらいの事を、国とか県とか公営の人はいわなきゃもうダメなんじゃないかと。

ウソをいって、実現するはずのない希望をもたせ、無駄な除染に国民の税金を何百億、何千億と使うぐらいなら、本当のことをさらけ出して、個人にきちっと今後ささやかな人生をすごしてゆけるように直接お金を使ったほうが、福島県以外の国民の方々も納得するんじゃないかと。

このままでは、悲惨な状況をもっと悪化させる事になる。だめな物はダメだといって、残る人は、残れるような、体制をとり、食物や病院などサポートしてゆく。福島県を捨てて、でてゆくひとには仕事や住居をずーっとフォローするなど、必要なものを提供することが必要だと。

けれど、国や県はそういったことが言えない。ただ「20キロメートル警戒区域に指定」などの線引きだ。
強制的に移動させられ、学校も閉校している。

20キロメートル警戒区域に指定された南相馬市の人達は福島市、郡山市、福島県の中でも都会に移動させられています。ですが、移動先は放射線量の2倍から3倍ある福島市、郡山市だ。
20キロメートル中に入ってるから、学校も使えない。地元にいたよりも、2倍から3倍の量で被曝している。これが事実です。

国とか行政の仕組みの問題で20㎞圏とか仕切ることが簡単。
公平、公正だとか。行政的なことをやろうとするには放射線量、奸計なく線をを引くこと。
だけど、結果的に細かいところを見ると、違うんじゃないか、っていうことは福島の方達はみんな知っている。

ニュースには書かれてませんが、原発のある大熊町や広野町から、いわき市の避難所にやってくるバスの中で相当な人数のお年寄りが到着するまえに死にました。
動かしてはいけない年寄りがいるわけで、その人達はそこへ残し、その後に行政なりまわりが入り丁寧に面倒を見るべきであって、それを国の命令で線を引いたから動かさなきゃいけない、その為に、死ななくていい命がたくさん失われている。そういうことがものすごく多いわけです。


それが、マスコミもふくめて、福島以外の方には、本当のことが伝わっていないのです。
事実を伝えることが福島に住む人間の使命だと。大石さん。

今回のことは、原子力(核兵器と連動してますが)そういうものは要らないんじゃないかという、形象のひとつとして思っている。

核兵器や原発の必要論とかいろいろあるかと思いますが、そういうものは将来的に無くしてゆく方向に、行くことが、世界中の子供達の未来にとって望ましいはずだと思います。

放射能の恐怖を世界に示してしまった教訓は、核兵器にしても、原発に関しても、そういったシステムに問題が生じた場合、どれほど大変な事態がその後も続いてゆくかということを知っておくべきだと。

人間が管理する、あらゆるシステムで間違いがおこるということは絶対にありえるという事実を念頭におかないといけない。

春には、原発が全部とまってしまうと言われてますが、
それは、電力会社が困るからなんとか可動させなきゃいけない方向にゆく、そしたら、ストレステストという仕組みを使って原子力の保安院が調べ、「大丈夫」となり、地元の市町村なんかに「大丈夫ですよ」と言われ、原発立地の村長さん達は、原発マネーがやってこないと自治体の財政は崩壊するので早く稼働させたいわけで、そしたら、地元の組長さん達もオッケーといい。
最終的には国が、政治判断で経済界から「原発動かせー」とプレッシャーかかれば、当然政治も「オッケーです。」と動いてゆく。それで一気に再稼働。はじまると、どんどん動くからね。

じゃ、ストレステストの根拠は何かと言うと、もともと想定していたのが10メートルだったのを、3倍、30メートルにしたとか、いろいろあったとしましょ。
だけど、地震とか津波で、原発の機械がどれだけ崩れたかということは今回の福島原発で証明されてますが、その想定を上げたからと言って意味はない。
たとえば、たまたま、近くにホルモズ海峡を通って石油タンカーが近いところを通ってた。そこに、地震がおきて、津波がおきて、タンカーごと乗り上げてきて、原子力発電所にタンカーぶち当たったら、津波の想定が15メートル、30メートルにしようがそんな事、意味ない。
そういうもんだと思ったほうがいい。ましてや津波の高さを歴史的に調べれば、かつて太平洋に、隕石が落ちた時には、津波の高さは数千メートルだと言われている。

それでも、地球は壊れてませんからね。
そういう事が、かつての地球に起こっている。いかに、津波の何メートルということに根拠がないかということです。世の中に存在させてはいけないことは、存在させちゃいけないんだと。
もちろん、今すぐ、全てなくすわけにいかないけれど、私たちが向かう方向としては、そういう自然の循環にのっからないような物質を排出するものは、核兵器にしろ、原発にしろ、無くしてゆかないといけないんじゃないかと思う。

放射能物質を排泄できない地球は死ぬということ。

小さいころから小学校中学校、高校と入院生活をしていた大石さん、同じ病室でお年寄りがたくさん死んでゆくことを目の当たりにし、中学生の時、気付いたそうです。
「人間にとって、食べることよりも、排泄することが大事なんだと。」
食べれなくても、点滴などで、生き延びることはできるけど、排泄ができなくなると、人は死ぬ。

人間も、動物も、植物も地球上にある生物というのは、生きてる間は排泄し、それは自然の中の循環にのっかってゆくので、なんの害もありません。
最終的に、生物は死にます。最後の排泄物になるのが自分たちの身体です。
焼こうが、海に流そうが、土に埋めようが何しようが、自然の循環にのっかります。

生物で有る以上は排泄物は出し、最後の最後、死んだときに自分の身体が排泄物となる。
その両方が自然の循環の中にはいる。だから地球をいためつけることはない。

だけど、いわゆる、放射線、放射能、核のゴミといわれてるものは違う。
地球を掘り下げて、地下に埋めようが、何しようが、自然の地球の循環にのらないゴミをためていけば、最終的に、排泄できないものは死ぬ。つまり放射能物質を排泄できない地球は死ぬということです。

現在の原発の当事者として、そういうことを認識させられるようになり、原発反対というと、誤解をまねきやすいが、核兵器反対だとか、原発反対とか、嫌気の問題でなく、本質論として、そこは認識しておくことが重要ではないかと。

その上で原発を再稼働したい人、青森県の村長さんは「原発をたてる工事が10パーセントしか進んでないから、工事を再開してください。」と工事再開を求める要望書を提出しましたけども、そんな小さな村はお金が欲しいのはわかる。だけど、福島の原発のように事故がおきたら、人口何千人の小さな村の話じゃないでしょ。

そのことも、わかったうえで、早く原発を作ってくれ(「お金をちょうだい」)っている村長さんがいるのも、それはそれで、人間らしいと思うんだけど、そういう人達がいるので、原発や核兵器がなくなったりということはしないと思う。けれど、一般庶民はそういうことをちゃんと認識した上で、これからこの地球上の上で命有る限り、どうやって生きてゆくかと、ちゃんと考えていかなきゃいけないかと思います。
「広島の人、長崎の人と同じように、福島の人である限りはそのことは、自分の考え、主張関係なくちゃんと社会にメッセージを発言してゆく責任を負ったんだなと思ってます。」と大石さん。

お金を稼ぐこと、稼いだお金をくばること、そのことしか興味がない、国とか政財界の権力者達や支配者たちは、この人間によって汚染されてゆく海とか山とか空気とか、水とか、人間以外の自然の中にある事は興味ないだろうと思います。お金にしか興味がなくなるとたぶんそうなんじゃないかと。

「人命は地球より重い」とかいうキレイごとはありますけども、原発を稼働させたいといっている権力者達のほとんどは「お金は地球より重い」ということだろうと思います。

だけど、やっぱり覚えておかなきゃいけないことはあると思うんです。
人間にとっては地球は必要ですけども、地球には人間みたいなものはいないほうがマシじゃないかと、自虐的にきこえますが、それは何故かということを、考えておいたほうがいいんじゃないかと、人間として思います。

人々の思いとか、つのる不安だとか失われてゆく命とか、そういう今、我々がとらなきゃいけない行動の緊急性に対して、国、県は全体として現実をみてないから住民に対しウソばっかり言って、理解も配慮もないように思います。

ただ、地方自治体の方の市町村レベルの行政の人達は住民(顔が見える付合いの人達なので)にはウソは言わないし、なんとかしなきゃいけないと、頑張っている。
ほとんど休みもとれないし過労でたおれたり、鬱病でダウンしたりたくさん出ています。

ところが県などは、県民の顔を知ってるわけでないし、ましてや国は東京目線で見てますから、地方のことは、わかるわけない。

そういった意味では行政全体の批判でなく、国とか県とかは、もう現実を見る力はないのだから、お金をすべて、地方自治体に市町村に渡し、その方達と住民達が一緒になって必要なものを必要な部分へ有効利用するべきだと思います。


震災前、3月10日以前、地域社会は問題を抱えていなかったかと思うと、そうでないと思います。
少子高齢化、人口減少などから、地方都市が同じように問題、医療,福祉,教育,雇用、交通などの分野に課題を抱えていることがわかった。

そして、今後の日本や文化施設、劇場、ホール、音楽、演劇、そういった芸術文化にはどういう影響が与えられるのだとか、公立文化私設に働きながら、アートという事業をやる立場にある人間として、芸術文化や文化施設は何ができるのかと考えた。

その答が、人と人をとにかくつなげる。繋ぐ、結ぶ。それをたくさん広げてゆく。
近くにいる人達が助け合うということだった。

1947から1949年の三年間、団塊世代の中に生まれた人達が一番人口が多いのですが、
その人達、団塊世代の標準家族モデルは、旦那さんがサラリーマン、奥さんが専業主婦、且つ家を建て、車を所有、子供三人ぐらい育て、大学行かせ、旦那さんと、奥さんのご両親を介護して見送るということが成立した時代だった。

だけど、今の三十代前半から、20才代の人達に言わせると、もう非正規労働者の奥さんと非正規労働者の旦那さんが標準モデルだろうと。

それが昔に出来た制度、仕組みを今にやろうとするから、年金問題にしろ歪みが出てきている。

昔のように、大家族が、一緒に農業や漁業で生計をたて、家族や隣近所、地域で支え合い一緒に生きていく。昔で言うと、村社会があり、地域コミュニティーが存在していれば、ある種、国からの経済的支援がなくても生きていけるのだが、日本の産業構造の中ではほとんどありえない、このことが一番ダメなんだと考えた。

他人同士、老若男女さまざまな年齢、さまざまな仮題を抱えた方がとにかく、くっつくということを実現するためには、何かの接着剤が必要で、それが音楽だったり、演劇だったり、アートだったりするのではないかと。

そして、自分の仕事場である私設を利用しなきゃいけないと思いたち。
仕事場であるいわき芸術文化交流館アリオスは、設計の段階からそういうことを想定し設計者と相談し、運営コンセプトや事業方針など、反映したカタチで2010年グランドオープンした。

震災が起こる前、それぞれのジャンルに興味がある人達を施設の事業で集合させ、2年、3年、4年と継続する。すると、そこに一つのコミュニティーが生まれる。

仕事場、幼稚園ママ仲間、親戚レベルのコミュニティーでさえ、失われている状況の中。
新たなコミュニティーの場を提供することができたのだ。

ポンと音楽をおくと、音楽をやってるひと、音楽を聞きたい人、音楽をやってみたい人、支えたい人が集まってくる。そこに音楽がおかれなければ知り合うこともなかった、仲良くなることもなかった人達がくっいてくということです。

それが事業がおこなわれてないところでも、メンバーのだれかが誕生日だから「集まろう!」とか、お酒が好きな男性陣は飲み会をしたりシングルマザーだったら「仲間が子供をみるから遊びに行ってきなさいよ!」だとか、養老介護でつきっきりで介護疲れをしてると、地域の介護マネージャーが仲間ひきつれて「今日一日あなたのお母さん面倒を観るからあなたは東京にいって銀座のデパチカで買い物して帰ってらっしゃい!」とか、こんなことがアリオス以外の所でたくさん実現している。
行政的な、民間的な、託児とか介護というのも必要なんだけど、そればっかりでは埋まらないことを仲間でうめてゆくことが実現している。

それが、この地震があり実際に行政が手の届かないところを、普段からアリオスに集まっているコミュニティーが助け合い支え合うということになり助かった命もある。

東日本大震災以前に日本の社会が抱えていた問題はたしかに存在していて、去年の3月11日の悲惨な出来事によって加速されているだけにすぎない。
それに対応し解決方法として、他人同士が、アートの力によって結び付き、支え合い、誉め合う、泣き合い、そういう非常に普通の関係性をつくってゆく、地域コミュニティーをしっかりつくってゆくということがとても重要だと。

その地域コミュニティーをつくるために必要なものは二つ。
一つは音楽やアートなどの、接着剤。

そして、もう一つは、場所。
各地域にそういう場所がないといけない。公民館とかもあるけども、行政がにぎっているかぎりはうまく転換できないので実現しにくいが。

場所とアートこの二つが揃えば、地域コミュニティーがひろがる。

これからおこりうるべき社会問題、人生でかかえていかざるをえない問題、お金では解決できない問題。且つ、震災、火山の噴火、大雪、台風など、苦労しなきゃいけない状況になった時、地域コミュニティーだけが、あるいみ救いになると、人々の命をたすけるのだと実感している。
3月11日に多くの人達の命がなくなりましたが、それ以降にもたくさんの人達が亡くなっています。それは、別に放射能で死んでるわけでなく、無理矢理、避難させられて地域コミュニティーがバラバラになり、失意と虚脱感におそわれるなか、生きていく気力を失い、まわりに知人もいないという状況になり絶望し死んでゆくんです。

アートと場所。この二つをキイワードにして地域コミュニティーをしっかりつくって。
それを少しずつひろげてゆく、助け合う社会をつくっていかないといけない。

広げてゆけばひろげてゆくほど、その個人がどんな悲惨な事にあっても、人生をおくるような事になっても必ず何かしらの方法で人間として手をさしのべてあげられることは絶対にできますから。

ブータンみたいに人口の95パーセントがみんな農業をやっている状況だったら、もちろん原発はいらないし、電気をつかわないし、値域コミュニティーはもともとあるのがあたりまえだから、今更そんな事をいう必要もないのだけど。

国会議員、地方議員がいなくても、町と村と市があって地域住民がしっかりし、そこにアーティストがくらしていれば、ほとんどの問題が解決すると思います。

これからの日本、これからの地球にたちむかってゆくために、そういったものを自分たちの力でつくるということが一番大切なのではないかと思います。

アリオスでは、子供の遊び場にすると宣言してます。
子どもたちが受けた心や身体の傷を癒す力はないけれど、嫌なことをほんの一瞬、忘れさせてあげることは出来る。今、福島は屋外で遊ぶということに飢えているので、遊ぶことと学ぶこと、それを大人達がしっかり提供してあげれば子供達の未来、僕らの未来はひらけていくかと思います。

苛酷になっている子供達の環境から、いかに救いだし、子供達をみんなで育てていくかという状況にしてゆくかということも考えてください。

集まったみなさん、ぞれお持ちになっている力、本来の仕事とか活動とか、アートな活動の中で、希有な能力と才能をつかって、子供達が育つ町で使っていただくことが希望だと思います。


そんな想いをこめて、「第一回タウンミーティング」と大石さんが銘々。
それを受け継いだハーモニーフィールズ小巖社長。
第二回も開催される予定です。

最後に質疑応答。
「町内会発電所はどうか?」と言う意見には

最終的には原発が動かなくても、電気がたりてると僕は思います。
現状の電力会社の体制では、仕事をさせれないという状況になるかと思うので、風力発電だとか、いろんな発電がたくさんでてくれば有効に行かせられるし、自家発電もありかと思います。
ただ、それも大事ですが、僕が考えてるのは二パターンあって、一つは、電気を使わない生活を考えるとうこと。
東京では計画停電という、計画もへったくれもない、なんの停電?だという事がありましたが、
その情況に知人のアーティストが言ったんです。
「地下鉄の駅やビルが、ほとんどまっくらで、ヨーロッパにきたみたいな感じがするよ、なれればそれはそれでいいんだよね。」と。
ヨーロッパのプラハよりは新宿のほうが、必要以上に電気を使っているということだ。

福島の中で、川内村というところに電気を使わないでくらしているところがある。
いろんなアーティストが、ここへ住みインデアン風に暮らそうとしている若者がいたり。

電気は必要だと思うし、電気をまったく使わないのは非現実的な話ですが、電気を極力使わないと走る方を考える。

電気を発電する、生産するという考え方も大事だけど、電気を使わないという方向に考えてゆくほうがより地球的な感じがするんですよね。

たとえば、石油が枯渇するから原発で生みだす電気はクリーンだというふうにいいますよね。
石油とか天然ガスで燃やすと二酸化炭素ができて地球が温暖化するから地球が大変だとかいいますが、あれウソだからね。

石油が枯渇してなくなるのは確かですが、それにかわるエネルギーとして電気(原発)もどうかと。
タンカーに車をつくってのせて、ヨーロッパまで運べます?原発でできた電力で、飛行機とびます?
石油を使わなくて、飛行機やタンカー、人も物流も動かせるものが出てくるんだったらいわないけど、すくなくとも、生きている間には、電気では飛行機は飛ばないと思うし、
つまり、電気を生み出すという方向の考え方だと堂堂巡り。


二つ目は、経済に結びついて行く方向。
基本的なところは、地域からいただくもので何か、他の物をえるというのが基本だと思う。

たとえば、自然であるものを頂いて楽器をつくって演奏。弦とかも牛、馬さんのしっぽだし。作曲する時は、鳥の鳴き声とか、せみの鳴き声とか。川のせせらぎだとか自然にあるものから頂いて、それを自分の能力で音楽にかえたりする訳だから、楽器にしても、音楽にしても、いろんなものを自然の中から頂いて、それを何かに加工し経済とか、人の喜び、幸せに結びついてゆく。

原発の核はそうでない。

自然にあるものを頂いて。何かを生み出せば、それは電気であろうが、米であろうが、野菜であろうが、なんだろうが、それが人に役に立つものでさえあればそれは対価としてお金をいただけると思う。

つまり、人のニーズがそこにあればそこに雇用がうまれる。ということは経済学の基本中の基本。
だから、演劇と音楽とかで雇用がうまれるのかというのが仮題で、
これだけ産業転換がうまくいってない中、雇用がたくさん失なわれ、これからの雇用は、介護や医療だと。なりがちだけど、

「芸術文化」をないがしろにする政治や行政になってしまうと、どうしようもない。
 だから、兵庫県と京都府と奈良県の地方都市は、経済ではなく、「芸術文化都市」を目指してほしい。

人は、楽しいところに集まる。
コミュニティーなどで議論すると興味をもってくれる。
それぞれがツイッターやフェイスブック、ソーシャルメディアで宣伝をし多くの方が賛同し集まる。
結果、そのコミュニティーが心の「安全と安心」を確保する。

育った子供たちが、町に劇場があるってあたりまえだよねっ。人生に音楽って必要だよね。
それに税金が投入されててもあたりまえでしょ、というような、
ドイツのベルリンだとか、フランスのパリだとかイギリスのロンドンだとかがあたりまえに感じていることが、
やがて日本にもおこるんじゃないかと夢見てます。と大石さん。
会場には大きな拍手が沸き起こった。


ヒ#12442;クチャ 1 ざっとまとめると14枚にもなったレポート。だいぶ削ったけど・・・それでも


お忙しい中、長い文章を最後までご覧くださり本当にありがとうございました。


KiiTレポート後期
メディアで語られることが少なくなった真実。物語仕立てのニュース。
そのせいか業界の身近な方達はテレビを見ない人が多くなった。
反対にソーシャルメディアでは、真実を含む多くの情報が飛び交う。
複雑で多様な思考が混在する中、せめて、こっちからとあっちから、認識することが必要になった時代だと感じる。
それも、少し寂しい気がした。

アートはどうだろう?
感動する声や奏でる音色が本物なら、人を魅了する。
心に共鳴し全身に響きわたり、それが活力となり、進み出す一歩となる。
どんな苦境でも、心まで渇いてしまったらきっと生きてゆくことは出来ない、辛いだろうと。

私の写真はアートというには程遠いけれど、
写真というツールでまわりの方達と一緒に創作、提供し、結果をわかちあい、一人でなく、二人、三人、時にはTeamで、何かを生み出す。それが、大きな成果をひきおこすと信じてます。
私の企画撮影「つながり食堂」もその一貫として取りくみ最後まで続けたいと思います。


東日本大震災で被害に遭われた皆さまには、心よりお見舞い申し上げるとともに、
犠牲になられたご遺族の皆様、そして被災地の方々、一日でも早く心の安らぎがおとずれますように、
願っております。

KiiT WEB



とっておきの感動する醤油が和歌山の有田にあります。

5_20120216041754.jpg  カネイワ醤油本店 「古式しょうゆ」
(届いてすぐ蛍光灯の下でパシャ

ちょっとしたプレゼント用には、
150mlの小瓶を、自分でチョイスして、希望するとかわいいパッケージに入れてくださる。
至れり尽くせり料理好きの人へは届けたい醤油。
「古式しょうゆ」と「卵かけご飯の醤油」の二本セットにしてみました。


kiitweb_food_b_035.jpg  以前撮影をさせていただき、出会った醤油。


「企業サマが発行するマガジン」の中で5P~6P【本物をつくる】の企画ページを担当させていただいております。
撮影のあと、カネイワ醤油本店、四代目頭首 岩本さんに取材。

職人が手塩にかけて2年の歳月を経て生み出される醤油のお話は、まるで人を育てているかのようで、
麹の花をさかせ、醗酵、熟成。素材の持ち味を最大限に引き出す。

個人的な感想は「全国一の醤油!」だと、ひそかに思ってる KiiT 
この醤油があるから・・・を食べたくなる。 この醤油があるから・・・を作りだせる。
ほんまにおいしくて、感動する醤油です。

本物をもとめている人には、届けたい味。
まずは「古式しょうゆ」から、 是非ともご賞味あれ。


本物の味に、本物の人。
ここ数年、深い人達の撮影とお話をさせていただく事が多く、未熟さを気付かされる。
あらためて、思う。
写真を通して学び、写真を通して出会い、写真を通して・・・。すべて写真からはじまる。

そして、レンズ前は視界がよくなるように、まゆげぎりぎり短い前髪の K i i T。
服はレフ板のような白シャツ、または映り込みのないグレー。
「わぁ」 クローゼットを開ければ、似たり寄ったり同じ服ばかりだぁ  


KiiT WEB 

先日ご一緒に撮影をしたファッションデザイナーの YuQi Nakamuraさん。

展示会をされます。

photo.jpg


是非、お近くにおこしの際はお立ち寄りください。

私もインスパイアーされに、カメラを持って伺おうと思ってます。


裏つながり YuQiさん ブログ にも K i i T をのせて頂いてます。
ちょこっと撮影風景のってます。


K i i T 


KiiT WEB




人物と料理撮影が得意な関西在住のフリーカメラマン。 ☆好きな事☆ 写真を撮る。海で『ぼーっ』と釣れない魚釣り、ねこ武蔵とお昼寝。ビール、豆腐。りんご。氷。グリコのプッチンプリン。 ☆Facebook☆☆Twitter☆ やってません。ごめんなさい。 始めたらこちらのブログでお知らせします。
プルダウン 降順 昇順 年別

01月 | 2012年02月 | 03月
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -


こちらからお名前で検索できます♪

-天気予報コム- -FC2-

名前:
メール:
件名:
本文: